山下ふみこオフィシャルブログ
中村健
2026.01.25
私の備忘録 by 中村健
【2026年 自治体経営のための構造改革元年にしたい(する)】
新年明けましておめでとうございます!2026年もどうぞよろしくお願い致します。
本年は『自治日報』2026年新年号(第1号)の1面に掲載していただき、とても光栄で嬉しいスタートとなりました(許可を得て掲載しています)。
2026年は、これまでの
・人が変わっても
・トップが変わっても
・スローガンを変えても
・手法を変えても
結果があまり変わらないというモヤモヤの本質を突き、今まで以上に本質的な組織の問題へ切り込み、納得いく組織や地域づくりを実現していく年にしたいと考えています。
結果が変わらないのは「構造」が変わっていない(個々の人の頑張りや意思とは関係なく、同じ結果を繰り返し生み出してしまう“仕組み”に問題がある)ということを今まで以上に言語化可視化していきます。
そして、今あるものを壊すのではなく「組み替える(創造する)」ことを実践していきます。
具体的には、これから順次活動を表明していこうと考えており、早く仕事が始まらないかと自分でもワクワクしています。
2026年もどうぞよろしくお願い致します\(^^)/

マニケンの中村先生は、私の尊敬する方です。
以前、マニケンの一つの研修に、中村先生が講師で、半年間東京に通い続けたことがある。今思えば、私の議員活動の中の夢のような授業であったにも関わらず、当時の私はその期待に応えるような生徒ではなかった。
中村先生の新年に向けての記事は、私にとって重要なことだけに私の備忘録として残しておく。
中村先生の新年に向けての記事は、私にとって重要なことだけに私の備忘録として残しておく。
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どの自治体も財政状況が厳しい中、厳しいとはいえない自治体がある。
しかしその状況の皺寄せは、市民生活にヒタヒタと押し寄せている。
私は財政は厳しいとずっと警鐘を鳴らしてきているが、当局からは財政が厳しいという答弁は未だにない。
行政の説明責任として、現実に向き合い、市民に真実を分かりやすく知らせるべきである。
行政の説明責任として、現実に向き合い、市民に真実を分かりやすく知らせるべきである。
しかし、議員の中には、私が不安を煽っていると言うんだよね。
その場しのぎの言い逃れは、すでに市民生活にそのツケが回ってきていることを誰もが思っていても、そう声をあげる輩は異端者として排除しようとする構造は民主主義じゃない。
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「政治家が自問自答し、他者の主張に耳を傾ける謙虚さを失えば、健全な民主主義は成り立たない」「異論をレッテル貼りで排除するのではなく、丁寧な対話を積み重ねる日常活動に戻らなくてはならない」(石破茂氏 「山陰中央新報」インタビューより )
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既に言われ続けていることだが、少子化や高齢化が進み、介護や福祉(義務的経費)にどうしたって予算をかけなければならなくなっている。さら追い打ちをかける様に、高度経済成長時の人口増加で建設された学校を始めとした公共施設とそれに伴うインフラ整備の老朽化、急速な気候変動による災害等に対応するには、どうしたって今の財政状況では到底まかなえない。
限られた財源(一般財源)は、今後、増加する見込みはない中、どうやってこれまでの住民サービスを維持できるのか?
無理である。
大学?IT企業?定住人口の増?どの自治体も似たり寄ったりの施策を掲げているが・・・
国は建設費等の土木費(老朽化対策が主であり、ほとんど新規事業は難しい。まして沼津市のような地方都市にこれから20年かけて1000億円からの高架化事業をやるような自治体はない)に補助金枠を拡大し、それに伴う自治体の負担を補正予算債100%で全部借金してもいいよ、その代わり、地方交付税で単年度ごとの元利償還額を交付税措置で面倒みるといって、市のいうやるべき土木関連事業をバンバンやらせようとしている。市は借金しても交付税措置で元利償還額が返ってくるなら得な借金だと言うが、果たしてそうだろうか?」
2025.05.29
決算に向けて備忘録 by 中村健
早稲田大学の中村健さんのFBにかかれていた備忘録。私がいつも思っていたことを適切に書かれていたので、私の備忘録としても残しておく。
【四半世紀の時を経て再起動へ挑戦します】中村健 2025/5/29 FBにて
おはようございます。先週の木~金曜日にかけて今年度の『地域経営部会』がはじまりました。今年は全国から31団体32チームが御参加いただきました。
スタートにあたり、私の自分への戒めとして決意表明を記しておこうと思います。
約20年前、私が首長を辞めて大学院へ進学した理由は『地域の自立』をどうすれば実現できるかを研究するためでした。
その背景は、全国の自治体現場で起こっていることは共通して次のようなことがあったからです。
・予算はしっかり確保しようとするが、予算が付いたら消化するだけで本来の目的を見失いがちになっている。
・それは、予算編成過程と決算取りまとめ過程をみれば一目瞭然で、予算を検討するのは数か月かけて全庁的に取り組むが、決算は全庁から資料をあつめて担当課が取りまとめる程度であり、議会も予算審議はしっかりするが、決算審議は予算程ではない。
・その結果、「なぜ」「何のために」を深堀せず「何をするか」「どう実行するか」のほうに意識がむかいがちになる。
・国の補助金制度も同様で、申請する際には膨大な資料を提出させるくせに、補助金を使って本当に成果が出たかどうかのチェックはほとんどないため、市町村は予算を取りに行くことだけに意識が向いてしまう。
・この体質は、行政組織の体質も悪くしている。例えば、職員研修へ職員を参加させる場合、担当者や上司から「研修へ参加して」とは言われるが、「なぜこの研修にあなたに参加してもらいたいか」という説明はなく、言われた方は「なぜ?」とモヤモヤしたまま参加することになったり、明らかに形骸化しているイベントも「毎年実施しているから今年もやる」という「本来の目的」を見失ったまま惰性で行われていることが多く、「予算がついているからやる」という体質になっている。
・そのため、毎年毎年、予算を付けて執行して終わりの繰り返しとなり、単年度単年度のぶつ切りで、経年で積み重なっての成果が得られにくい。
・その結果、「仕事が減らない・仕事をまとめられない」要因になっているが、職員もまた「今までやってきたことを、やめる・縮小することは悪いこと」と考えがちになる。
・これら全て「予算主義」がもたらす悪癖である。
・この予算主義を「決算主義」へと変えていきたい。
・依存体質が強ければ、自ら考える、自ら行動するという主体的なアクションは生まれない。
地方分権という地域が自立していくための法整備は2000年にスタートしている。あれから四半世紀が経過したが、「お金は国が割り振ってくれるもの」、「政策も国が考えてくれるもの」という未だ中央集権時代(1999年以前)の体質が色濃く残った組織文化や制度設計がある(国も市町村も)。だから東京(霞が関)へ要望活動ばかりしている。
国も市町村もここが変わらなければ、毎日、職員さん達が一生懸命仕事をしているのは予算を消化しているだけに過ぎないかもしれず、いつまで経っても地域は善くならないし、職場の仕事は減らず「人が足りない・予算が足りない・職員が疲弊している」という問題は解決しないだろう。
そうした状況を創り出しているのは、行政や議会だけではない。住民もその一人だと思っている(私も含め)。
なんでもかんでも行政へ要望し、行政が動かない場合は、議員を使って行政へ圧力をかけてくる・・・(場合もある)。
今までやっていたものに変化を付けようとすると、行政や議会を攻撃する・・。
役所の職員さんに対して「公務員だから」と公私の境なく、休日も関係なく依頼し、やらないと「公務員のくせに」とその人の人権なんか無視したような発言がある・・・。
従来のまちづくりの手法やシステム、制度が変わらないのは、行政に依存し過ぎている住民側にも問題があると思う。地方分権一括法の施行(2000年)から、もう25年も経った。善い変化もあるが未だ本質的に変化(進化)していないところも多々ある。しかし、ここが変わらなければ、組織も地域も良くならないと思っている。それをやりたくて私は20年前に首長を辞めてフリーな立場になった。
一朝一夕に変わるものではない。関係者と何度も何度も意見交換をして少しずつでも進んでいけば良しとしないといけないという事も理解しているが、それでも、私自身20年が経過したし法改正から25年が経過しているのを考えると、もう一度、今年からギアを入れ替えて自分自身を再起動させなければと考えている。
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