山下ふみこオフィシャルブログ
2020.06.19
一般質問の通告その2
「一般質問によってまちはよくなるか?」
「一般質問は問うのではなく「問い質す」行為という。
一般質問は、一般事務つまりあらゆる行政活動について質問することができる機会ですが、「できる」規定であることからも分かるように、議員の義務ではないし、実際、年4回の議会で全て一般質問をやる議員は皆無に等しい。
それでも、一般質問が重要視されるのは、議員活動によって得た知見を集約し、行政のあり方を質し、変えることできれば、それは何よりも住民の暮しに繋がることができる機会だと思うから。
一般質問によって行政に対し監査機能、政策提案機能を果たすことで、行政の質も議員の質も、しいては市民の暮しが変わると思ってやり続けているのだが、答弁のひどさに愕然とする。だったら、事前調整なんていらないのでは・・・
今回Aさんから、「質問だけするなら、何も議会で質す必要はないと思うんですが・・・当局は全て回答を用意しているんだったら、それを見せてくれれば、議会で質問なんてしなくてもいいのではないですか?」と聞かれた。
議会は、やらせであるという言い方をすることがあるが、確かにすべてにおいて、当局は答弁は用意されていると思う。
確かに、質問をするというと、想定質問を作ってくれる職員もいる。
答弁側からすれば、自分で作った質問に自分で答えるのが一番楽ですし、本来その課題について、その矛先さえ変えてしまうことにもなりかねないと思う。
沼津市議会会議規則 第61条「一般質問」
1 議員は、市の一般事務について、議長の許可を得て質問することができる。
2 質問者は、議長の定めた期間内に、議長にその要旨を文書で通告しなければならない。
職員が何か新しい施策・方針に取り組みたい場合に、与党?議員に対し、質問を依頼するような場合もあるようだが。
委員会などでも、これまで私のような少数派の野党?議員が何度も要望していたことがらについて、突然、与党議員が一般質問をして、当局が「取り組みます」などと答えたりすることもある。
こうした事例は論外ですが、議会質問において、これまで、その場で質問されても答弁の準備ができないからと、通告後には「充分当局側と調整をし、質問と答弁が噛み合わないようなことがないように留意して」と言われる。
新人の頃は、1回目の質問調整だけで、その後はほとんど調整をしたことはなかったので、どんな答弁がかえってくるのかわからなかったので、その準備に、相当な緊張感をもって一般質問に臨んでいた。だから、答弁がかみ合わないことはしばしあった。
最近は3回目(最後)まで質問の要旨を伝えるようになってきたのだが、調整する事って、もしかしたら、行政側の論理で、通告が拡大解釈されてきているような気がする。
議会においての公式な通告は、項目が示されれば良いことになっているのに、やはり細かいところまで通告をしてしまうと議論がどうしても限られてしまう。
「市長の施政方針について」などという通告をする場合もあるが、これは例外で、今回のようにまずは大項目で「コロナの関連対策について」その1として「学校給食の休止による対応」「市税減による影響」とかといったもっと詳細な通告をしている。
さらに、実際には、「質問の内容」や「本文」を事前に当局側に渡しているのが現状で、読み文まで渡しているケースもある。
これまで、私は、議会の(悪しき)慣例に反発をしていたが、近頃では求められる?基準の通告をするようになっている。
しかし、私が詳細な通告をしたことで、しないよりも十分な答弁がなされたとは思えない。
今回の答弁においても驚くほどの答弁になっている。居直っているようにしか思えないものが、私への答弁に限らずおきている。
本当に議会(議員)へのリスペクトなんてないのではないかと・・・これでいいのだろうか・・・
二元代表制における議会と首長(行政)とが、緊張感をもって議場で議論をしていく状況をつくるために「通告」は機能できているのだろうか。
今回、息子に「言わないことはそれを認めたことになる」と指摘され、言うべきことは誤解を恐れずに言わなければと思っているが、これもまた勇気と責任、しっぺ返し、嫌がらせ、もあると思うと緊張せざる得ない。
2020.06.19
私の一般質問 by 沼朝
沼津朝日新聞に私の一般質問が掲載されたのでアップします。なかなか自分の質問が、ここまで詳細に掲載されるチャンスはあまりないです。要点をまとめて下さって嬉しいです。
通告
1「本市の社会・経済への影響と財政運営及び取り組みについて」
その④「財源確保のための事業見直し」に、「事業見直し」ではなく、「高架事業見直し」とすべきだったという事で発言の削除になったものです。
(以下が削除になった箇所。これは自らが、発言取り消しを申し出た箇所になります。)
コロナの影響で今、市民の意識が大きく変化してきています。(以下削除)
「強制収用をやってまで20年先の高架事業を望んでいる市民がどれくらいいると思いますか。今市民の窮状に対して、さらに追い打ちをかけ、原の地権者に強制収用という強権を振りかざし、不要不急の際たる事業、鉄道高架をやると言わなければならないのはなぜでしょうか。
政策的判断が高架に固執するあまり、このままだと最悪な事態になりかねないと思います。」
税収が長期にわたって減少し続ける中で、高架事業をやるという事は、市民にとって、市民生活に痛みを伴うことです議長「通告にない質問が・・・」
私は通告外を言われたので、慌てて改めて質問をし直そうと以下の発言をしたのですが・・
「・・・質問します。この事業の見直しについて、高架事業をやるからには、市民にとって、市民生活にこれは痛みを伴うことです。事業の見直しといわないならば、その所は、市民に対するその影響、そのマイナスの事、フェアじゃないです。その事に対して、市長は説明すべきと思います。高架事業に対して、財源確保のために、この高架事業の見直しについて、市長に。これは市長はたぶん答えられないと思いますが、答弁を求めます。」
(↑
原稿外のことですが、こんな趣旨のことを言い直しをしたのですが、通告に高架事業と書かなかったので、通告外となり、そこに関連するすべてが赤字部分が削除になり、1時間半ほど議会が中断したことについて謝罪致します。)
2020.06.17
一般質問の通告外その1
6/16(火)2日目の一般質問の最後は私の番。
3回目の私の質問中、議長から「通告外」という事で、質問が中断され、休憩に入った。
再開されないまま私の発言の不適切な箇所に対して、議長の下で他会派の代表を交えてチェックをされ、不適切な箇所に対して削除を求められた。
事の真相について、支援者から求められていたので記しておこう思う。
3回目の最後の質問
新型コロナウィルス感染症に関わる対策について
(3)「財源確保の見通しと事業の見直し」
通告には「事業の見直し」としただけだったので、3回目に高架事業だけについて質すならば「事業の見直し」ではなく、「・・・高架事業の見直し」と通告に明記すべきであったというのが、中断の理由です。
削除を指摘され、最終的には、本人が「発言の取消し」を申し出ることによって議会が再開されるわけだが、自ら削除を申し出なければ議会は開かれません。
そのプレッシャーにどこまで自分の正当性を主張し頑張れるかですが、残念ながら高架化反対の少数派にとっては、そこで主張が通ったことはありません。ある議員にはそれが民主主義だと言われたことがありますが、議論無き多数決は民主的ではありません。
議会を止めることのプレッシャーはやはり大きいです。自分の発言の正当性を質すことの必要性との狭間で逡巡します。
傍聴した方に「「当局が質問をすると一斉に紙をめくるのはなぜ?」と聞かれます。「それって台本?」といわれます。
すべてが原稿通りで、自分の質問に当局の用意した答弁を言わせることでいいのかと思っています。
1回目、2回目の質問と答弁のなかで、課題が浮き彫りになってきます。
3回目は最後の正念場。当局との真剣勝負だと思っています。
思わぬ展開になることなどほとんど皆無ではありながらも、そこは議員として1つでも市長に答えを求めていきます。
しかし、出来上がっている質問と答弁では、それもすべて通告通りに調整が出来ていれば、スムーズに進行するでしょうが、議会と執行部の緊張感はなくなります。
議会での一般質問は議員にとっても当局にとっても、お互いの質を高める唯一の場だと思います。一度たりとも自分の質問に満足などしたことはありませんが、それが次の反省につながります。毎回、逃げ出したくなるのですが、だからこそ、その緊張感が必要だと思っています。

