山下ふみこオフィシャルブログ

2013.05.27

香貫山の貯水タンクの老朽化?

香貫山の頂上にある水道水の貯水タンクからの水漏れがひどいという市民からの連絡を受ける。
既にこの状況は2週間前には起きていたようで、当初、市役所に連絡をしたようだが、何も音沙
汰がなかったと聞く。

そして先週、再度連絡をし、水曜日に水を引き上げるセンサーの故障と言うことで応急処置を施した
という連絡を担当課から受けたが、今もってその状況が改善されないという市民からの連絡が入り、
さっそくその現場に足を運ぶ。

山の頂上にある貯水タンク。そこからゴウゴウオと滝のように水が溢れ出ている。

配管の口径は直径15センチはあるだろうか。そこからオーバーフローした水道水が勢いよく出ている。

その水はそのまま山に放出されている。

この状況がセンサーの故障で許容量以上に吸い上げられ、オーバーフローを起こしているらしい。
この状況が少なくとも2週間は続いているわけで、たとえ断続的であったとしても、この水量は一体
どのくらい流れ出てしまっているのだろうか。

山に登ってくる人からは、「こんな状況があって、水道料金を上げられては堪らない。なぜこの状況に
すぐ対応しないのか。」と怒りの声。

応急処置のまま既に数日が経過している。業者に依頼するため時間がかかるにしても、この状況は緊急時
とは思わないのだろうか。

市民が気づいてから、既に2週間以上経過しているわけだから、山への影響は本当に大丈夫なのだろうか。

当初、西斜面には山肌を伝って水が流れ出ている状況が続き、その原因が何故か判らなかったという。
普段、水が流れているところではない山肌から水が流れている状況は貯水タンクと関わりがあったの
だろう。

なぜ、役所はすぐ対応ができなかったのだろうか。

市民が市役所に連絡をしてもそれに対する回答がないというのは、市民から良く聞くが、私が日頃感
じるのは、役所全般と言うよりも、担当課によってその対応は大きく違うという現実は確かにある。
(それとも議員によって対応が違うのかも?)

この状況は市民に益々不信感をもたらすわけだから、なんとか改善していかなければならないのは
当然のことだが、とにかくこの貯水タンクの問題は何とかしなくては山が危ない。

2013.05.21

香貫山影奉仕の活動

 香貫山のゴミ拾い活動が5年目に入り、ゴミが格段に少なくなった中で次の展開を模索していた。

NPOサプライズの影奉仕活動のゴミ拾いでは、今、伊豆総合高校や三島南高校の生徒会が中心に
なって活動をし、今後、伊豆箱根鉄道沿線の高校にも呼びかけを行っていこうとしている。

其のゴミ拾いに参加して色々気づかされ、次の香貫山の影奉仕活動の展開として、高校生が参加し
てもらえる活動に繋がっていければと思っていた。

そして今回、多くの方の協力を得て、沼津工業高校と合同のゴミ拾い活動が実現した。そして、学校
の協力を得、今後もボランティア活動の一環として一緒に清掃活動をしていけることになる。

18日(土) 9:00に香陵台に集合

今回は沼工生徒会が主体の生徒13名+先生2名 私たちは19名で総勢34名の参加。久々に高校生を迎え、
私たちは何となく嬉しい。

最近は活動の成果が出て、ゴミの数が減り、不法投棄も少なくなった。今回、嬉しいことに周辺に
ゴミがないということで、頂上の展望台までゴミ袋持って上がる。

数班に各担当を分けて活動を始める。

生徒たちはとても素直で、大人たちもつい張り切ってしまう。

女子は水飲み場の周辺やトイレ周りを。

  悪戦苦闘しながらもゴミを

掃き出す。

1時間の作業を終えてみんな笑顔で「ハイ、チーズ!

次回は6月の第3土曜日 9:00から南側のゴルフ場に集合。

みなさん、本当にお疲れさまでしたぁ~

2013.05.12

Dr.森島久代氏と杜蔭同窓会

毎年、 西高卒業生の杜蔭同窓会が行われる。今日(母の日)、ホテルキャッスルで560名余の卒業
生で会場はあふれんばかりである。

そのうち傘寿(80歳)は29名、喜寿(77名)は39名のOBの方々も、お元気に参加されています。

25年度、新会長のご挨拶で開会

そして今日は何よりも、西高卒業で日本人女性として初めてアメリカで医学部教授になった森島久代
先生のお話を伺うことを大変楽しみにしていた。

 

(平成24年春の叙勲受章者に、ニューヨーク州在住日本人の森島久代コロンビア大学医学部名誉教授
に対して、医学分野における日米交流における功労から瑞宝中綬章が授与された。)

  先生の父上

森島先生の幼少期のころから現在に至るまでを歴史的な背景も含めてお話をされた。

小さな時から、お医者様になると言っていたという。

1959年、森島先生はアメリカにわたり、コロンビア大学麻酔科アパガー教授との出会い。
そして森島先生は産科麻酔領域普及への貢献に今まで費やしてきている。

当時、アパガー教授は森島さんに「私の時代、そして最前線にある今のあなたも、男性優位の医学
社会を生きてきました。ですから認められるには、私たちは男性より優れていなければならない運命
にあります。この不公平はあなたの娘たちの時代になるまで改善されないでしょう」と言ったそうです。

そしてそれは日本の社会では未だに取り上げられなければならない問題であるということ。

当時、医師としてやっていくには男性より優れていなければ認められない社会であり、それゆえに非
常にご苦労されただろうし、それは言葉では言い尽くせないものであったことは想像に難くない。

自分自身の能力を疑い挫折しそうになるたびに、「貴女ならできる」と言うアプガー教授の言葉が常
に励ましてくれたという。

日本ではどうであろうか?

未だにその状況が現実として立ちはだかっている。例えば、議員は給与においては男女の差はないが、
現実、沼津市議会は女性議員が1割(28名中3人)しかいない状況の中で、議員活動において全く平等
であるかと言うとそうではないと感じている。

森島先生が仰るように、同じ状況の中で女性が認められるには、男性より優れていなければならない
という言葉には重みがある。

当時の女性に対する社会的評価は、今以上に相当ご苦労されたに違いないし、そのパイオニアでもある
立場として、今の日本において、その状況は未だ問題があると感じておられるようです。

今日は先生の歩まれてきた人生に少しでも同じ空間の中で触れることができ、またその偉大な方が同窓生
であることに誇りと勇気を頂いた。

今日はお願いをして、少しの時間お話をさせて頂く。そして最後に先生は私をハグしてくださったことは
I never forget

先生の生き方は「如何なる困難に遭遇しようとも前向きの姿勢で、自分自身が選択した道に
誇りと情熱を抱き、それに専念する強い意志を失わないこと」 

そういう強い志を持った人に私もなりたい。