山下ふみこオフィシャルブログ
鉄道高架
2017.10.07
9月議会の終盤を迎え NO1
9/13から始まった9月議会も28年度決算の審議を終えて、10/16の最終議会に備え、28年度決算に対する討論及び採決を控え、その準備をしている。
28年度決算審議をする中で、多くの疑問や課題がさらに浮かび上がったと私は思っている。その一つ一つは全て市民に関わることでありながら、5日間にわたり審議され、市民の税金が本当に適切に使われたのかどうかは当事者である市民は知る手立てがない。
(本会議場はライブ中継と録画でその状況を知る術はあるが、委員会に於ては中継するようにはいまだ至っていない、傍聴できても一般質問の時とは違って市民の傍聴はほとんどない。)
どんな審議がされ、それらがどうなったのかは、既に28年度において執行されてしまったことなので過去のものだから余計「今さら言ったって・・・」ということにもなり、関心は薄らぐのだろうか。
---------決算審議の重要性と議員の責務-----------
本来は全て市民生活に関わることであり、次世代にもつながっていく施策の評価でもあるわけで、事の重大さを考えると、いくらやってもこれで終わりということにはならない。
限られた時間のなかでその課題を見出し、改善に向けた取り組みと事業等の見直しにつなげていく責務を負っているのが議員の役目である。
しかし、(私の担当は)一般会計の700億円以上の決算審査を3日間で議論しつくすことは難しい。自分の不勉強さは露呈し、昼夜寝ないで取り組んだ施策の課題等が委員会の席上で明確にあぶりだされることは難しいと審査を終えて思う。
問題提起を受けた当局側が真摯に受け止め、その対策や見直し、30年度の予算確保につなげていってくれるのだろうか、その経過や結果を見守っていくのも議員の役目であるのだが・・・
日頃の議員活動のたゆまない探求心と調査力と分析力等の全てが、この決算審査につながり、次年度の予算に反映していくはずで、水面下の交渉は本来あってはならないと思っている。
しかし、しかしである。
正しい情報の下で、透明性を担保した中で行政運営をしていくことが、本来の市民自治だと思っているが、分からないうちに決まってしまっていることが何と多いいのかと思う。
知らないのは未来の風だけだとするなら、それはあってはならないことで、議会として等しく情報は共有すべきであるはずなのだが・・・
今回、余りにも多くの課題が明確になってきたので、どうやって皆さんに報告をしたらいいのだろうかと悩み数日が過ぎ、このままだと悩み続けて報告をしないことにもなりかねないと自らを叱咤し書こうと思う。
2017.08.25
第4回 高架事業認定無効の訴訟
8/24、第4回目の鉄道高架事業の認定無効と貨物駅移転用地にかかわる強制収用の裁決の事前差し止めを求めた訴訟が静岡地裁で開かれる。
原告は貨物駅移転用の地権者と高架事業に関連する土地区画整理の対象となっている富士見町の住民と周辺住民合わせて106人が原告となり国と県を相手に提訴している。
昨日はこちら側の傍聴者は40余名が事の成り行きを見守った。
沼津市が示した準備書面の一つには「沼津市の財政を圧迫する事業」という原告側の主張に対して、
反論すべく沼津市側の被告補助参加人訴訟代理人は沼津市内に法律事務所を構える弁護士3人。
不二綜合法律事務所:
内田文喬弁護士 眞田貴幸弁護士
伊藤法律事務所:
伊藤哲夫弁護士
原告が主張する「財政問題について」これは沼津市の財政に係る事項であるということから被告補助参加人として沼津市の弁護士が反論をする。
沼津市は原告の「財政を圧迫する高架事業である」という主張に対して、
6/1に市長がHP上に公表した「鉄道高架事業の必要性について」に基づく反論であった。http://www.city.numazu.shizuoka.jp/shisei/profile/mayor/kouhyo.htm
1・事業費 2・市債(借金)の活用 3・交付税措置 4・国の経済成長率に基づく財政見通し 5・国、県による事業費の分担 6・B/Cの低下(費用便益比)等が主な内容である。
これらの反論は、今まで私が沼津市の高架事業に対する財政見通しの甘さ、そしてその根拠が仮定に基づくものであり、何ら根拠を持たない想定の中での主張であることを議会で繰り返し指摘してきているものである。
それもあまりにも楽観的な仮定に基づくものであり、これが厳粛な法廷に出された沼津市の準備書面は、余りにも原告、そして市民を愚弄したものであると私は思う。
だから、市民は直感でおかしいと思っている。行政はいつも要望すると「金がない、金がない」と言っているにもかかわらず、「高架化事業は財政が大丈夫」というのは、余りにも合理性がないと感じている。
ごみ焼却場は資材高騰・労務単価の値上げという理由で40年経過した老朽化のごみ焼却場(210億円余)がなぜ建て替えができないのだろう?さらに6,7年先延ばしにするという。
地震をはじめ、災害が大きくなっている昨今の状況を踏まえ、先延ばしにすることがどういう状況をもたらすのか、市民の安全性は確保できるのだろうか、そんな議論さえされていない。
ただ「地震が来ても大丈夫のように日々のメンテナンスに頑張ります」という当局の答弁は信じられないだろうが本当のことである。
富士市は30年経過した焼却場を、「市民の安全には代えられないから」と今年から建て替えが始まっている。
明確なものと想定の上での根拠を区分し、市民に納得のいくように示すべきだろう。
まして新たな財政見通しは出すと言いながら先延ばしになっている。9月議会中に出されてもそれはこの9月議会の議論には間に合わないではないか。正々堂々と議論がしやすいように事前に出すべきであり、都合のいい、悪いで判断しているようにみえる情報の出し方は、市民に不信感をもたらすことにつながっていると思わないのだろうか。
裁判が終わった後に原告側の海渡雄一弁護士・花垣存彦弁護士が、今回の裁判のポイントを原告者と傍聴者に説明をする。
県の準備書面に対し求釈明があった。
原告の主張:1つには県が示した交通量調査のデータが10年以上前のデータであること。その後2回、3回と調査を行っているのであるから3回目のデータを出してほしいというこちら側の主張に対して、
→県の説明:3回目の最新はデータは、作業中であるので出せない 平成30年には出せるという。
最近の行政訴訟では都合の悪いデータでも公表するようになっているが、作業中であるとしてデーターを出さないことは、都合が悪いデータを隠すと言う姿勢を感じてしまう。
原告の主張:最終のデータでなくても途中経過のデータでいいから出してほしい、トレンド(経年変化)がわかるからというこちらの主張に対して
裁判長から:県に対して「裁判所としても見たい」との発言があり、県は書面で回答すると答えた
このように裁判長が県に対して誠実に回答するようにと言うことは、当然のことであるが、今までのなかでも一歩踏み込んだものではなかったのかと思う。
いずれにしてもこれから、第5回、6回と訴訟は続く。
住民全てが納得する解決策として残された最後の選択肢として、住民投票かもしれない。一度は議会で否決されている住民投票条例の制定であるが、沼津市の将来を握る最重要施策として掲げている高架事業である。議会でも議決をしているのだから、すべての事業をなげうってでもやればいいと言う人もいる。でもできない理由は何故なのか。
もう一度、将来世代につながる事業かどうか、冷静に考える時期だと思う。今最大の問題は人口減少とバブル期にたてられた公共施設や社会インフラが30年~40年経過し、老朽化が始まっている。その想定額は1500億円にも挙がるという膨大なものである。
本当に市民が安心して暮らせるまちづくりを考えたとき、そして将来世代につながる沼津市のあるべき姿が高架事業なのだろうか?それは手段だとするにはあまりにも財政的な犠牲が大きすぎる。
この町の存亡をかけなければできない事業である。前市長は本会議場でいみじくも、「すべての事業を犠牲にしても・・・」といったことは本当の事である。昨年、市長選に敗れた時も、「高架事業があったから華やかな事業ができなかった・・・」と言った事も本当のことである。
しかし、まだ事業は始まっていないにもかかわらず、すでにその財政負担が他の事業を圧迫している状況であったからである。
とても軽々しく財政が大丈夫だという現市長の主張は197,747人のすべての住民に対して言うべきことではないと思う。
どうしてもやらなければならないというなら、正々堂々と何を我慢しなければならないのか、いつまで我慢をしなければならないのか、それでも必要だということを良いことも悪いこともすべてオープンにして、そのうえで、正々堂々と市民の判断を仰げばいい。しかし、その判断をする充分な資料は出されていない。
議会は多数決で議決されているこの事業である。後は司法の判断というよりは市民に正しい情報を開示して、一緒にこの事業を進めていくのか、それとも立ち止まって改めて見直してみようとするのか、この事業の課題をないがしろにして、他の事業を進めることができない最重要施策であるということを改めて考えてほしい。
そして、地権者の方々の長年の闘いに、沼津市の停滞の原因は反対する地権者と議員だという短絡的な主張は、少なくても当事者の人たちの日々の生活をないがしろにしているということを考えたことがあるだろう。その犠牲の上でこの事業を成り立たせようとしているということを想像したことがあるのだろうか。それでも多数決で決まったことだからというのだろうか。
少数者の尊厳が重んじられ、色々の意見がもっと尊重され、情報や過程をすべて透明化した中で議論のできる市民自治を目指していきたい。
2017.07.10
鉄道高架事業訴訟と海渡弁護士NO2
7/2に行われた鉄道高架訴訟の弁護団長を務める海斗弁護士の講演には多くの市民が参加してくださった。
海斗弁護士は冒頭に「私はこの事件は勝てるから引き受けたのであり、勝つべき事件でなければならない・・・」と、この高架事業の矛盾を論理的にわかりやすく述べている。
この時の講演について、記事の順番に毎日新聞、朝日新聞、沼津朝日新聞に掲載されているので読んでいただきたい。(記事をクリック↓拡大)
私は何度も言っていますが、この事業が原の地権者の強制収用さえやれば、この事業が本当に進むと思っているのでしょうか。
この事業の過酷さは予定通りの工期間内に進む保証がないことです。国の補助金頼みのこの事業費の半分は国から来るという前提です。しかし、残念ながら、必ず要求額通りの補助金が毎年来るという約束がないというのも事実です。そうなった時には、事業は延々と先送りされ、いつまでたっても完成しない状況に陥ることの影響を考えてみてほしい。
これから10年先の人口形態は単なる人口減少では済まない。沼津市のこの10年間の0歳児の人口減少は30%も減っている。今の0歳児が納税者になる20年先には高齢化以上に納税者人口が激減することです。
日本の国が世界に例を見ない高齢化と世界一の借金残高であり、イタリアとは比べ物にならないほど最悪の状況である。日本の債務残高は税収の約15年分に相当し、将来世代に大きな負担を残すことになると国は公表している。今の沼津市だけの財政問題で論じることができない深刻な問題である。
日本がどれだけの財政的な課題を抱えているのか、財務省が簡単にまとめたものがあるので参考資料としてみてください。
最初の1ページ目だけでも読んでいただければ、日本が置かれている状況がどうなのか理解できるでしょう。
我が国財政について
http://www.mof.go.jp/budget/fiscal_condition/related_data/201704_01.pdf
2017.07.02
鉄道高架事業訴訟と海渡弁護士NO1
沼津駅鉄道高架訴訟に弁護団代表の海渡弁護士が語る「なぜ私がこの訴訟を引き受けたのか!」
予備席まで出され参加者数230名以上。参加者は熱心に海渡弁護士の話に耳を傾け、この訴訟がいかに正当なものであるのか、また、それは決して無謀な訴訟ではなく、きちんと公平な判断がされれば、勝訴は可能であることを私たちは確認したのではないだろうか。
海渡弁護士はさらにこうも語りかけた。「人間の命は有限であり、その地権者たちが暮らしている今を犠牲にして、この事業がずっと計画され、これから先、工事が始まれば、さらに15年以上もそこに住む環境にはならない、生活者の権利を考えないでこの事業をしている・・・」その非道さを私たちに静かに穏やかに訴えかけた。そこには弁護士としてよりも人間としての大きな包容力を感じた。
本来、政治とはそこに住む人々の暮らしを守る立場でありえなければならないのに、既に富士見町はゴーストタウン化してからもう10年以上たつ。以前は病院もあり、飲食店もあり、八百屋や魚屋もあり、そこで一貫した生活が成り立っていた。今はその一帯は高齢化し、日々の生活が機能しない地域になっている。確かにどの地域も高齢化と人口減少による空洞化で、一部の地域を除き空き家も目立ってきているが、それは社会現象でもあるわけだが、富士見町は沼津市の政策的な意図で生活権を奪われてしまっている。さらにこの状況が工事が始まったとしてもいつまで続くのか見通しが立たない。
今は出ていきたくても、売りたくてもすぐには土地を買ってもらえず、そこには減歩という厳しい条件がある。何のために富士見町に終の棲家として家を求めたのだろうか。そこには子育てや老後にとっても暮らしやすいと思ったからだろう。
沼津市民としての責務を果たしているにもかかわらず、その生活権を守るべき沼津市自らが、住民の生活する権利を奪う状況に、私たちはその苦渋に思いをはせたことがあるだろうか・・・
今朝の沼津朝日新聞の投稿にこう書かれている。
「高架化は人口減少を止めるだろうか。高架化が何をもたらすのだろうか。人口減少と、それがもたらす財源の縮小、子育て支援、高齢者医療・介護等の社会保障費の激増、教育費の無償化、市役所を含む公共施設の更新など・・・これらの解決につながるのだろうか・・・」
高架事業は連続立体交差事業であり、その目的は「開かずの踏切の解消策であり、まちづくりではない」のに、いつの間にかその目的が、高架下の有効利用など大きく捻じ曲げられている。(記事クリック→拡大)
2017.06.19
知事選の争点ならず鉄道高架は県事業
今朝の朝日新聞に、今回の県知事選挙において、県事業である鉄道高架事業は全く争点にならず、2人の候補者は推進の立場をとる。
今から30年前に市長も議会も高架化方針を出し、2006年(H18)に事業認可を受け、これから20年~30年かけて高架化事業を進めていくという予算規模も工期も完成時期も県事業として壮大な事業であり、長期になればなるほど、その完成時期の不確定要素は高まっていく。
一自治体の沼津市にとっては今までかつて経験したことのない超巨大な公共事業であり、自治体として生命をかけていると言っても過言ではない。(↓記事クリック拡大)
しかし、生命をかけるに値するほど魅力のある事業ではないからなのか、住民の無関心さはさらに他人事のようになりつつある。
一見何事もないように過ぎている日常生活の中で、財政的には徐々にこの町をむしばんでいる。子育て世代の危機感は人口流出という社会現象に歯止めがかからないというのもその表れだと私は思う。
0歳児の人口はこの10年間で30%も減少しているのはご存じだろうか。20年後に成人になる彼らにこの事業の責任はないが、確実にその借金返済は税の平準化というなかで、負担を背負う責務を否が応でも課される。だからこそ、逃げるが勝ちと思う親心が働く人口減の現象なのか・・・