山下ふみこオフィシャルブログ
2015.08.24
市政報告会と学習会
8/23健康福祉プラザで市政報告会をする。今回は暑い最中に足を運んでもらうのは申し訳なく、夕方18:00からの時間帯に変更をしてみる。今まで通りの参加者があるのかどうか非常に不安であった。
参加して下さった皆さま、本当にありがとうございました。


第1部は私の市政報告
この市政報告会の前に8/19に広島市役所、20,21,22日姫路市で全国政策研究集会で3日間の研修があり、その報告等もさせてもらう。
第2部は篠原静大教授の学習会「高尾山古墳が語るもの、なぜ保存なのか」
高尾山古墳の歴史を今後解明していく中で、やはりこの位置にあることが重要であり、古墳を移すことは、考古学的にも、全く意味がなくなるという。今回の高尾山古墳と道路の両立に向けての協議会に、考古学的な視点から意見を言う有識者がいないことについては懸念をするという。


広島市役所では、連続立体交差事業がH25から一時休止していが、この6月に見直しの方向性が出されたことでその理由について色々お話を伺ってきた。
やはり問題はコストの縮減と事業の長期化について。しかし財源的な問題は国からの安定的な補助金が確保されたわけではなく、かえってその状況は厳しくなっているという。
お忙しい中、担当の街路事業課には私たちの多くの質問に率直に応えていただき感謝をしている。やはり、多くの課題があっても、各自治体の状況によって、その判断は変わるわけだが、こうして実際、話をさせてもらうことで、多くの共通課題、そしてその市の抱える社会状況も理解ができた。
何よりも、長時間にわたり広島市の率直な意見を伺え、その姿勢に驚きと感謝を申し上げたい。
地域は変わっても、住民のために最善の方向を示し、努力していくことには何ら変わりがないわけで、その意味では、広島市の姿勢に見習うべき多くのことがあると実感させられた。
2015.08.15
第69回香貫山影奉仕活動
昨夜の恵みの雨のせいか、今日は蒸し暑く湿度がさらに高く、水分補給を常にしながらの清掃活動です。今日はひとり親会のお母さんと子どもたち、そして高校生のボランティア参加でした。暑い中、お疲れさまでしたぁ~


山道の草刈は、丁度日陰になり、作業はしやすいです。

子どもたちの活躍はすごい!竹箒や熊手も上手に使います。

私はこの後、終戦記念日のため、沼津市戦没者戦災死者慰霊法要が文化センターであるのでそちらへ向かう。

高校生のボランティア活動、いつでもウェルカムです。
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草刈機を使う人はちゃんと講習会に参加してその技術を習得しています。本当に皆さん前向きです。
2015.08.09
かつての高尾山神社と経緯
古墳発掘調査をする前の高尾山神社の様子を紹介したいと思います。
熊野神社(日子火火出見命ヒコホホデミミコト)で階段を上っていくと穂見神社(鵜羽屋不会不命ウバヤフキアエズミコト)があります。どちらも社はこじんまりとしていますが、大神様が祭られていたようです。
皮肉なことに、道路事業のために神社を移転せざる得なく、移転して穂見神社の下に、東国最大最古級のスルガの国の王の墓と判明されたわけです。(以下概略)
2006年(H18):神社立ち退き (第1次試掘調査H17)
2007年 :第2次試掘調査して、古墳時代初期の前方後方墳と判明
2008年~ :2年間かけて本格調査
2010年 :学術的価値の検証
2011年 :辻畑古墳から高尾山古墳へ名称変更。
庁内検討会9/6(1回目)南一色線の線形変更の協議、12/4(2回目)線形の変更案検討
2012年 :3/30に高尾山古墳発掘調査報告書が刊行。シンポジウムや企画展を大々的に開催。
2012年 :11/5日本考古学協会は沼津市に保存要望書を提出
2013年 :庁内検討会6/12・7/3(5回)
2014年 :庁内検討会8/1ここで基本方針決定
(H26) 9/6 県知事視察
12/5 市長へ最終報告
12/16 文化庁へケース9案を持って道路の了解を得る
2015年 :1/13 市長名で県教育委員会に申請書提出
3/31 県教委 条件付きで了承(道路事業)
5/22 日本考古学協会会長声明
5/25 文教消防委員会・建設水道委員会へ報告
当初、この古墳の発掘調査は道路事業を進めるために、記録保存と言うことで発掘調査が念入りに行われたようです。そこで、副葬品も多数出土し、築造年度や埋葬年度が次第に明らかになりました。
