山下ふみこオフィシャルブログ

2024.05.19

浪人川の町内一斉清掃 

5/19(日)浪人川町内一斉清掃でした。
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平成建設の社員も毎年参加しているのですが、これも強制的ではなく自主参加のようです。
グッと平均年齢も若返り、戦力大です。
これまでのお弁当支給でしたが、天候によって注文が確定しにくいということでQUOカードになりました。
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大雨の時はこの浪人川が増水して狩野川の水位を越えると排水機場のポンプによってポンプアップします。
しかし、昨今の急激な雨量によってこのポンプの出力が不足すると、浪人川がオーバーフローして周辺が浸水します。
既にこのポンプの出力では、対応が難しくなってきているという住民の声です。
拡充するには敷地面積の取得や費用の問題もあり、これ以上ポンプの出力を上げるには今の段階では難しいと思います。
しかし、今まで床上浸水していなかったご近所も昨年は床上浸水をしています。
地球の温暖化は、私たちの暮らしに確実に災害に繋がっています。
地域で行う川の清掃は、下流域に住む私たちにとって重要です。
高齢化によって町内清掃にも限界が出てきていますが、大事な活動です。

昨年6/2の災害時の様子。浪人川の排水機場。もう一つの二ッ谷の排水機が片方しか動かず、結局それが原因で床上浸水になったも言われている。

昨年6月の水害状況。

2号ポンプは昭和38,39年製で、既に60年近く経過しているので、オーバーホールによるメンテナンスは欠かせない。しかし、今後は部品交換の必要が生じても、最悪の場合、修理できなかったりする可能性も出てくる。60年も経過していれば、部品自体なくなっているだろう。だから、排水機場の問題は更新したくても、1トン1億円もかかる施設費は、高額な予算の問題や更新するには土地のさらなる確保もあり、非常に困難を要する。

だとすれば、拡大する被害に、浸水域の住民はどうやって対応すればいいのだろうか?

↓下の写真は昨年の台風19号で、増水した狩野川の水位が上がり、浪人川の水量が狩野川に排出できず、旧電車道が完全に冠水してしまった状況。避難するにも、あっという間に増水したため、近隣住民は避難所に避難できなかった。

2024.05.19

前川喜平氏の講演会 by 地方自治に民主主義を求める会

5/18(土)前川喜平さんの講演会が無事終了しました。
本当に多くの方がお見えになりました。前川さんは文部科学省事務方トップを務めた方です。権力に屈せず、忖度しない活動は、きっとすごい圧力があるんだろうと思います。
彼は「昨今、メディアが権力に忖度し、迎合している」と言います。これまでなかった社会のゆがみの大きな事象を挙げていました。「日本の報道は、世界の報道自由ランキングは70位だが、さらに下がっている」と憂いている。今では、パブアニューギニアと同じ順位だという。
友人は前川さんの講演は元気が出ると言います。きっと信念を貫いて主張していくというこういう生き方が厳しい社会の中で、勇気をもらえるからでしょう。
前川
尊敬する前川喜平さんの講演会が無事終わりました。
この間、事務局長をはじめ皆さんが自主的にチラシ配布や呼びかけに積極的に動いてくださり大盛況でした。
また受付や資料配布など裏方で動いてくださった方には講演会を楽しみにして下さったにも関わらず、受付を閉じるわけにもいかず、講演会に参加できず申し訳なかったです。
成功の裏には、ボランティアさんや会のスタッフさんの働きがあって講演会が無事終わりました。受付の混乱もさほどなく、筋書き通りとは言えませんが、皆さんからは感謝などお礼の言葉もいただきました。
横断幕も2回も修正して下さったTsan「僕は仕事でいけないけど、これぐらいのことは喜んでさせてください」という申し出に感謝です。
動けば動くほど、多くの方と繋がっていきます。本当に継続は大事です。今後ともよろしくお願いいたします。

2024.05.15

第55回高尾山穂見神社の清掃活動

第55回目の高尾山穂見神社は特別な清掃活動になりました。

ちょうど1週間前に山梨の友人から久しぶりのメールが来ました。「こんにちは お久しぶりです。 先程高尾山の古墳に行ってきました。 大王が大変怒ってらっしゃいました・・・・かつては立派な古墳があり、大王を中心に民のみなさんがあせ水垂らして、作り上げた古墳でした。 その思いを無にしているということだそうです。穂見神社で 水と酒とおにぎりを持っていって、みなさんに振る舞っていただき、謝罪と感謝をしていただければ・・・」というメッセージを頂きました。

山梨から古墳の事が気になってわざわざ来たようです。

早速仲間と相談をして、友人の言うようにやってみました。お掃除を始めてから4年半。これまで今日のようなことをしたことがなく、穂見神社と、熊野神社に「おにぎり、お米、お酒、お水」をあげ、手を合わせお詣りをしました。暑くなってきたので、雑草は勢いよく伸び、蚊もいる中で、清掃活動し、その後、お供えしたおにぎりを穂見神社に向かいながら頂きました。

此処の道路計画には、道路のど真ん中にこの高尾山があり、古墳があることもわかっていたにも拘らず、この山をすべて削り取り、そこに道路を通すという計画です。

1982年(S57)に高尾山古墳は初めて遺跡とし て登録されましたが、遺物がまったく発見されなかったうえ に、墳丘の一部が崩されてしまっていたため、 その時期や形は不明なままでした。

沼津市のHP
高尾山古墳保存と都市計画道路(沼津南一色線)整備の両立に関する協議会資料がアップされています。
https://www.city.numazu.shizuoka.jp/shisei/takaosan/doc/1-4.pdf

高尾山古墳の歴史的評価 としては、高尾山古墳は卑弥呼の墓と言われている箸墓古墳より少し前に築造され、

古墳時代初期の東日本における最古級かつ最大級の古墳 230年頃築造された高尾山古墳は東日本では最古級の古墳です。

かつては沼津周辺がスルガの国の中心地であり、それは駿河国から伊豆 国が分国された頃(西暦680 年)まで続きました。高尾山古墳は、後に駿河国を形成することになるこの地域の、最初の政治的 統合を示す重要な古墳です。そしてそこに数百年にわたって祀られ、スルガの王の墓を守っていた穂見神社には私たちの知らない神様の存在があるようです。

其処に祀られている穂見神社を移設する工事が始まり、穂見神社を移築したところ、その神社の下から王様の品々が出てきて大きなニュースになりました。

今朝は愛鷹の山の上にポコッと富士山が鮮明に見えています。高尾山の位置は富士山とも大きな関係があるようです。工事はやっと進み始めています。